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x-scape

人工の風景

すでに10年近く前のことになるが,オランダに渡った当初に受けた鮮烈なカルチャーショックは, 今だに私の中で生き続けている.「世界は神が創り賜うた.オランダはオランダ人によって創られた.」 という有名な言葉.ベルラーヘの手による今世紀初期の大規模な都市計画. 建築史上のエポックメイキングとなるような数々の輝かしい近代建築の実績. 刺激的な提案を行いながら広範な活動を繰り広げる現代オランダ人建築家達の仕事. それらを事前に,日本に居ながらにして得られる個々の知識として持ってはいたが, それらの背景を横断するような包括的なイメージで全体像をとらえることができていた訳ではなかった.

到着後すぐにとりかかったプロジェクトは,アムステルダムから東に車で20分程のところにあるアルメーレポート地区におけるマスタープランの作成であった. この土地に初めて立ったとき,まずこの地区を含む州全体が,内海に造られた広大な干拓地であるという 事実に圧倒された.地平線の果てまで長く続く堤防,広大で平らな土地に描かれた排水路や農地割りの 幾何学パターン,整然と立ち並ぶ植林群,遠くからやってきて視界を横断して消えていく鉄道, 高速道路などのインフラストラクチュア.私の前に広がっていたのは,先進の土木技術を武器に, 強い意志と行動力で自然と闘うことによって,人間が獲得した見事な人工の風景であった. このような風景のもつスケール感と迫力は何よりも驚きであり,自分の国の風景にみられる自然と 人工の混在のしかたとは異質のものであった.そして間もなく,オランダ国土の大部分がこのような 人工の風景で占められていることを知ったとき,私の持っていた人工という概念の枠組みが一気に 押し広げられたのを感じた.

やがて都市の様々な風景も,このような人工の風景と同質性をもっていることに気づいた. 例えば,運河や堤防を基軸とした土地や都市をつくる技術がもつ合理性. 都市が干拓によって得られた限られた土地に建設されている以上,都市が建設技術面において 国土の形成と同質の合理性をもつのは当然のことである.また長い歴史の中で, 多くの移民と共にリベラルな商業を通じて培われた,人々が平等な条件で高密度に集まって住むための 都市をつくろうという理念のもつ合理性.背景として読めるさまざまなオランダ的思考が, 場面場面で力関係を変え,オランダ特有のかたちで現れてくるものの集合体としての風景が見えてきたのである. それらが単に設計者個人の価値観によるものではなく,この国で共有されている文化や問題意識のかたち として現れる場合,そこに個人の表現を越えた普遍性を読みとることができ, 作り手がそこに直接コミットしているという手応えを感じることができる. この国の人工の風景の背後にあるそのようなメカニズムのあり方が, 私にとってのカルチャーショックであった.同時に,このような人工の風景を目の前にしたときに, もののつくり手として,無意識の閉塞感やジレンマから解き放たれるかのような不思議な開放感, 自由さ,大胆さ,勇気のようなものを与えられる感覚を覚えたのである.


連続する風景、広がり、おおらかさ

このような文化の中で建築について考えるうちに,都市や建築を広範な風景の一部としてとらえることを前提とするようになったのは,ごく自然であったように思う.landscape, seascape, skyscape, cloudscape, waterscape, cityscape など,さまざまな構図の風景がわたしたちの目の前に広がっている.風景という言葉の意味を広く解釈すれば,よりスケールダウンした世界,例えばroomscape(造語)のような風景も身近に存在している. それらは日常の視界の中で,連続的あるいは並列的に広がっていたり,なにかの機会に一瞬垣間見る断片 であったりする.そのような一連の風景の連鎖の中で,建築をつくることによって何がもたらされるのかを考えた.私にとってそれらの風景を観察していて面白いと感じられるのは,見る者が少し視点をかえることや, 風景を構成する諸要素が周りとの関係をわずかにかえることによって,すでに日常的に見慣れたはずの構図が, 組み変えられるような場面に遭遇する時である.そのようなとき,それらは驚きや感動, 新しい考え方のインスピレーションを与えてくれることがある.建築をつくることだけに, 広範な風景の一新を期待するのは誇大妄想的な発想だと思う.しかし,一連の風景の連鎖の中にそのような機会をつくろうとしたときに, 建築が重要な役割を演じることができるのではないかと思われた.そこで、個々の具体的な建築をつくるときに, 既存の枠組みにとらわれない固有の領域(X)をその都度発見し, そこに新しい構図の風景(X-scape)をつくれないだろうかということを、共通のテーマとして考えはじめた.

以下のプロジェクトは,このようなテーマのもとでスタディを試みてきたものである. ランドスケープとして訴えかけてくるもの,インテリアの次元に近いもの,プログラムや与条件の違いにより,各々のプロジェクトがおかれた位相や、表現の手法は異なっている.しかし、建築の限られたスケールの中で内向きな世界を追求するのではなく、風景を見るような大きな視界の中で建築をとらえなおすことによって、各々のプロジェクトに広がりやおおらかさをもたせながら、建築の新しい可能性を求めようとしている点において、これらは共通の方向性をもっていると考えている.

小澤丈夫
Jan.2002

アルメーレポート地区
アムステルダム中心街

©2003 TEO architects